2007年02月20日

ゴールデンスピリット賞歴代受賞者

ゴールデンスピリット賞とは、報知新聞社主催による日本のプロ野球選手の社会貢献活動優秀者を表彰する賞である。


歴代受賞者
所属は受賞当時のもの。選手名の下に書かれている事項は受賞理由である。

第1回(1999年):松井秀喜選手(読売ジャイアンツ)
少年のいじめ防止キャンペーン

第2回(2000年):片岡篤史選手(日本ハムファイターズ)
児童養護施設「愛隣会目黒若葉寮」への慰問と東京ドームへの招待
安打1本につき1万円の「片岡基金」を設立

第3回(2001年):中村紀洋選手(大阪近鉄バファローズ)
大阪教育大学附属池田小学校の慰問

第4回(2002年):飯田哲也選手(ヤクルトスワローズ)
神宮球場に自費で少年野球選手を招待する「飯田シート」を設置

第5回(2003年):井上一樹選手(中日ドラゴンズ)
難病の少年少女への慰問活動

第6回(2004年):赤星憲広選手(阪神タイガース)
自身の盗塁数に応じて全国の施設・病院に車椅子を寄付

第7回(2005年):ボビー・バレンタイン監督(千葉ロッテマリーンズ)
新潟県中越地震やスマトラ沖地震などの復興支援チャリティー試合を提案
ハリケーン・カトリーナの被災地復興への支援

第8回(2006年):和田毅選手(福岡ソフトバンクホークス)
プレーオフを含む公式戦の投球数に応じてワクチンを寄贈
posted by こうちゃん at 17:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ゴールデンスピリット賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロベルト・クレメント賞歴代受賞者

1971 ウィリー・メイズ Willie Mays (SF)
1972 ブルックス・ロビンソン Brooks Robinson ( Bal )
1973 アル・ケーライン Al Kaline (Det)
1974 ウィリー・スタージェル Willie Stagell ( Pit)
1975 ルー・ブロック Lou Brock (Stl )
1976 ピート・ローズ Pete Rose (Cin)
1977 ロッド・カルー Rod Carew (Min )
1978 グレッグ・ルジンスキー Greg Luzinski (Phi )
1979 アンディ・ソーントン Andre Thornton (Cle )
1980 フィル・ニークロ Phil Niekro (Atl)
1981 スティーブ・ガービー Steve Garvey (LA)
1982 ケン・シングルトン Ken Singleton (Bal)
1983 セシル・クーパー Cecil Cooper (Mil)
1984 ロン・ギドリー Ron Guidry (NYY)
1985 ドン・ベイラー Don Baylor (NYY)
1986 ゲイリー・マドックス Garry Madox (Phi )
1987 リック・サトクリフ Rick Sutcliffe (CHC)
1988 デール・マーフィー Dale Murphy (Atl )
1989 ゲイリー・カーター Garry Carter (NYM)
1990 デーブ・スチュアート Dave Stewart (Oak)
1991 ハロルド・レイノルズ Harold Reynolds (Sea)
1992 カル・リプケンJr Cal Ripken Jr (Bal)
1993 バリー・ラーキン Barry Larkin (Cin)
1994 デーブ・ウィンフィールド Dave Winfield (Min)
1995 オジー・スミス Ozzie Smith (Stl )
1996 カービー・パケット Kirby Puckett (Min)
1997 エリック・デービス Eric Davis (Bal )
1998 サミー・ソーサ Sammy Sosa (CHC)
1999 トニー・グウィン Tony Gwynn (SD)
2000 アル・ライター Al Leiter (NYM)
2001 カート・シリング Curt Schilling (Ari)
2002 ジム・トーミ Jim Thome (Cle)
2003 ジェイミー・モイヤー Jamie Moyer (Sea)
2004 エドガー・マルティネス Edgar Martinez (Sea)
2005 ジョン・スモルツ John SMOLTZ (Atl)
2006 カルロス・デルガド Carlos Delgado (NYM)
posted by こうちゃん at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ロベルト・クレメンテ賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロベルト・クレメント賞の設立動機

Roberto Clemente Awardは、アメリカメジャーリーグの賞。

人格者で慈善活動を精力的に行っているメジャーリーグ選手に贈られる。年に1人表彰。ロベルト・クレメンテの生前の社会貢献に由来する。

1971年の設立当初はコミッショナー賞(Commissioner's Award)であったが、1972年末、クレメンテが慈善活動中に事故死したことを受けて、1973年より賞の名称にクレメンテの名前が冠された。


ロベルト・クレメンテ・ウォーカー(Roberto Clemente Walker , 1934年8月18日 - 1972年12月31日)

プエルトリコカロリーナ生まれ。メジャーリーグにおけるヒスパニック系アメリカ人のさきがけ的存在で、現在でも多くのプエルトリコの選手が目標としているメジャーリーガーである。
1954年にピッツバーグ・パイレーツからドラフト指名を受けて外野手として入団。その後1955年から1972年に不慮の死を遂げるまでの18シーズン、パイレーツ一筋のメジャーリーグ生活を過ごした。その間輝かしい成績を収め、1966年にナショナルリーグのMVPに選ばれた。

ナショナルリーグで4度首位打者を獲得、打率は上位10人の中に13度入った。生涯のヒット数はジャスト3000本だったが、現役が長ければもっと打っていたであろう。右翼手としても群を抜いた強肩で、その強肩を「ライフルアーム」と称され、ランナーには恐れられたという。この強肩によって、クレメンテはゴールドグラブ賞を12回受賞している。

シーズンオフには慈善活動にも積極的に動き、まさにプエルトリコではヒーローであった。

1972年12月31日、ニカラグア地震による被災者への物資援助中に、クレメンテが乗っていた飛行機がプエルトリコ沖に墜落し、死亡した(不思議なことに、クレメンテの遺体は事故現場周辺でもついに見つからなかったという)。

その死を悼み、翌1973年に特例でアメリカ野球殿堂入りの措置がとられた。また、その死とともにクレメンテがつけていた背番号21はパイレーツの永久欠番に指定された。今も中南米系のメジャーリーガーが背番号をこぞって「21」番をつけたり、憧れるのもクレメンテの影響ともいえる。
posted by こうちゃん at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ロベルト・クレメンテ賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。